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親切?おせっかい?

27 Jul

親切?おせっかい?

日本のサービスは丁寧で、質が高いことは世界でも有名です。電車、レストラン、デパート、ホテル、どこに行っても、だれに対しても、安定的で同じようなサービスを受けることができます。とにかく「親切」なサービスです。

みなさんは、「おせっかい」という言葉を知っていますか?「おせっかい」とは、過剰な「親切」のことで、「余計なお世話」とも言われます。「親切」は好かれますが、「おせっかい」や「余計なお世話」は嫌われます。どちらが「親切」でどちらが「おせっかい」なのかは、受け取る人によって違います。

次の例は「親切」ですか?それとも「おせっかい」でしょうか?

1レストランやコーヒーショップで

「お熱いので、お気をつけください。」

2.映画館で

「この映画には途中、演出として前半と後半の間に5分のインターバルがあります。しかし、5分が経過するとすぐに後半が始まります。トイレに行ってしまうと、後半はじめのシーンを見逃す恐れがあります。お気をつけ下さい。」

3.空港のアナウンスで

「本日、悪天候のため、この飛行機はゆれることが予想されます。離陸後、20分はトイレに行くことができないため、ご搭乗の前に、必ずトイレをお済ませください。」

4.ホテルで

「朝食の時間は6:30から10:00までとなっておりますが、8:00すぎは大変混雑いたしますので、7:00台をおすすめいたします。」

子ども扱いされていると感じる人もいるでしょうか。

日本人は上記のケースを親切だなと感じる人が多いと思います。逆にこれを伝えないと後で日本人のお客さんは苦情をいうのかもしれません。みなさんはどう感じますか。

私にできること -東北でのボランティア体験

11 Jul
6/22(木)と6/23(金)の2日間、宮城県の亘理町へ災害ボランティアに行ってきました。
亘理町は、宮城県南部にある沿岸の町です。宮城県の代表的な郷土料理、「はらこ飯」で有名な町でもあります。
「はらこ飯」は、鮭と、鮭の煮汁でご飯を炊き、その上にいくらをたっぷりかけた料理です。毎年秋になると、近郊からたくさんの人が、この亘理の「はらこ飯」を食べに来ます。
今回の震災では、海のそばにある多くの町と同じように、この亘理町も津波で大きな被害を受けました。
私が生まれ育った町は、亘理の隣にあります。幸い、私の町も家も、津波の被害はありませんでした。でも、もっと大きい津波が来ていれば、私の町もどうなっていたか分かりません。私には、今回の震災が他人事には思えませんでした。 だから、いつかこの震災を振り返ったとき、何もしなかったと後悔したくありませんでした。
亘理町でボランティアをするのに、事前の予約は特に必要ありません。朝の8:30までに亘理町のボランティアセンターへ行って、受付をします。私は8:20頃着きましたが、既にたくさんの人が集まっていました。ボランティアをしに来た人たちの世代は様々(20代~70代)で、男性が7割、女性が3割ぐらいでした。平日にも関わらず、2日間とも100人近くの人が来ていました。みんな休みを取って、日本全国からボランティアをしに来たそうです。私は今回が初めてでしたが、亘理でボランティアをするのは今回が2回目、3回目という人も多かったです。
8:30頃になると、ボランティアセンターのスタッフの人から、その日の依頼内容と必要な人数の発表があります。
ボランティアは、自分がやってみたいと思う内容に手を挙げて(=マッチング作業)、
集まった人たち(大体7~8人)とチームになり、簡単なオリエンテーションを受けます。
 
依頼の多くは、住宅の泥かきです。私は普段あまり運動をしないので、自分にもできるか少し不安でした。でも、体力に自信がない人や、女性でもできる依頼がいくつかありました。例えば、写真の整理(津波で流された写真を洗って乾かす)です。また、仮設住宅にチラシや物資を配りながら、何か困っていることがないか聞いて回るというボランティアもあります。ちなみに私の一日目の活動は、仮設住宅の人向けの無料バザー運営のお手伝いでした。
ボランティア2日目、私は住宅の床下にある泥かきをしました。
亘理町荒浜という、津波の被害が特にひどく、今でも通行許可証がないと入れない
地区での活動でした。当日は気温30度だったので、何度も水分補給や休憩をしながら作業をしました。
家の床下にもぐって泥をかき出し、袋に泥を入れ、外に持っていく、というのが主な作業です。地震から3ヶ月以上経ちましたが、また大きい余震があるかもしれません。実際、22日には岩手で震度5弱の地震があり、津波警報も出ました。
亘理町荒浜は、海がすぐ近くにある場所です。作業中はラジオをつけっぱなしにして、いつでも逃げられるように注意をしていました。結局その日は9:30頃から始まり、14:00頃に作業は終了しました。
作業中、3:20を指したまま、時間が止まっている時計を見ました。3月11日に、津波がこの町を襲った時間です。
この時計が示すように、津波の被害にあった場所は、未だに時間が止まったように感じました。私には、復興した姿や、それがいつになるのか、まだ想像できません。
そんな場所で、私一人が出来たことは本当に少しだけです。
それでも、微力は無力ではないはずです。少しずつ、泥をかき出した分だけ、復興に近づいたと思いたいです。被災地が復興するまでには、まだまだ長い時間が必要です。これからも、自分ができることを続けていきたいと思っています。

「塩」のイメージは?

7 Jun

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”塩”と聞くと 何をイメージしますか?

料理のスパイス? 海? ヨーロッパ人にとっては昔のお金持ち?

日本人にとっては”塩”はもちろん料理に欠かせないものですが、実は”浄化する”、”清める”というイメージも強いんです。

たとえば お葬式から帰ってきたとき、うちに入るときには自分の体に塩をかけてから入ります。これは不浄なものを家に入れないようにするため。 おすもうさんが試合の前に塩をまきますね。これは神聖な場所である土俵を清めるため。またおすもうさんがケガをしたときのすり傷などの殺菌効果もあるのだそう。

盛り塩 "mori shio"

家の玄関や日本料理のレストランの入り口などに”盛り塩”があるのを見たことがありますか。これは悪い気を家や店の中に入れないようにする、縁起がいいモノや人を中に呼び込むという意味があります。 ほかにも、たたみの掃除なんかにも役に立ちます。細かいほこりをとるために、たたみの上にあら塩をかけて、そのまわりをトントンとたたくと、ほこりが塩にくっついて浮き出てきますよ。 このようなことは古来からの習慣となっています。日本人は単に清潔であるだけではなく、精神的な清らかさを保つために日常生活の中で、”気、モノ、人”を浄化、清めることを実践していたんですね。 塩に対するイメージ、少し変わりましたか?

芸術のできること

18 May

 

2011年3月11日、東北地方にM9.0の地震がおきました。津波によってたくさんの人の命が失われ、家をなくした人は50万人とも言われています。
このような状況下、演劇人やミュージシャン、アーティスト、芸術活動に関わるさまざまな人が、自分には何ができるだろう、と考えたといいます。お医者さんのようにけがや病気をなおすこともできないし、レスキュー隊のように人を助けることも、大工さんのように家をたてることもできない。自分の仕事は社会の役に立っていない!そんな無力感でいっぱいになったそうです。
地震から1ヶ月ほどは日本からエンターテイメントが消えました。もちろんアーティスト自身が「自分には何ができる?」と自問自答していたこともありますが、さらにその活動を妨げていたのは、世間の目だったような気がします。笑ったり、楽しんだりすることはよくないという道徳的なムードが日本中にありました。それで、アーティストは自分たちの活動を「自粛」せざるを得なかったのです。
「自粛」とは、「がまんする」と言い換えてもいいと思います。日本人みんなが「楽しむ」ことに、罪悪感を感じているようでした。しかし、エンターテイメントや芸術活動の消えた社会がどんな社会であるか、古今東西さまざまな歴史をみればそれは明らかです。見る側/聞く側の私たちにも正しい理解や冷静な判断が必要です。そして、アーティストにとっては、このムードの中でも耐えうる作品なのか、その真価が問われていると思います。

>長生きのキーワードは

11 May

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日本には100歳以上の人が4万人もいます。平均寿命は男性79歳(世界第4位)、女性86歳(世界第1位)です。どうして日本人はこんなに長生きなのでしょうか。豆腐、米、魚など日本でよく食べられているものと何か関係があるのでしょうか。しかし、日本以外でも大豆や米をよく食べている国は他にもあります。「この食べ物さえあれば、健康で長生き!」ということは簡単には言えないのかもしれません。
日本には昔から「腹八分目に医者いらず」’Feed by measure and defy the physician’ということわざがあります。腹八分目とは、おなかいっぱい(100%)食べるのではなく、80%ぐらいで食べるのをやめるという意味です。お腹いっぱいは肥満になりやすいだけでなく、消化のために内臓に負担がかかってしまいます。車にもオーバーヒートがあるように、人間の体にとっても内臓への過度の負担はよくありません。昔の人はこれを経験から学びましたが、現代では科学的にもこれが証明されています。
また一方で、長生きには、ストレスをためないことが大切だと言われています。実際に、長寿の人の中には、自分のやりたいことをやる、マイペースの人が多いようです。食べ物も、健康によいかとは関係なく好きなものを食べている人が多い。つまり「何を食べるか/食べないか」ではなく、「どう食べるか」というところがポイントのようです。長寿のキーワードは「好きなものを腹八分目」なのかもしれません。

「感情」でも「理性」でも説明できない恋愛の話

24 Apr

>異性を見て、一目見ただけなのに「この人すごく苦手」と感じてしまったことがありますか。また、どんなにハンサムでやさしい男性であっても、全く魅力を感じないどころか嫌悪感を持ってしまう、一目ぼれの反対のようなそんな経験をしたことはありませんか。その理由を説明するとき、日本語では「生理的にダメ」とか「生理的に受け付けない」という表現を使うことがあります。


「生理現象」というのは、「トイレに行きたくなる」とか、「お腹がすく」「のどがかわく」といった人間に備わった自然な現象のことです。そんな現象と好き嫌いは関係ないと思われるかもしれません。「生理的にダメ」とは、そういった生理現象と同じぐらい「本能的」「無意識的」に起こること、嫌悪の感情と言い換えられるかもしれません。


しかし「本能的に嫌い」とは、いったいどういうことなのでしょう。これを説明するために、「鼻=嗅覚」についての研究があります。これは女の人に限ったことなのですが、女性というものは無意識に男性のフェロモンをかぎとって、パートナー選びをしているらしいのです。本能的に(直感的に!)自分がどの人と子どもをつくるべきか(より丈夫な遺伝子を残せるか)という判断をしているらしい。たいてい人間は「感情」や「経験」や、あるときは「偶然」からパートナーを選んでいるように思われますが、実は遺伝子プログラムから恋愛対象を選んでいるとも考えられるそうです。


恋愛について理性が機能しないのは経験上わかりますが、その理由が科学的にも証明できるというのはおもしろいですね。このような感覚は男の人にもあるのでしょうか。また他の国ではどういう言い方をするのでしょうか(「生理的にイヤ」は直訳できないですよね)。ぜひご意見をお聞きしたいです。

>シャッターがおりた

17 Apr

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先日、ウィーン在住の友人(日本人)からメールが来た。彼にはオーストリア人の妻との間に二人の子ども(11歳の女の子、9歳の男の子)がいる。彼のメールには次のようなことが書いてあった。

「6年前、東京にいたとき、上の子は日本の幼稚園に通っていし、社宅だったから同じ年ぐらいの友達もいて、けっこう日本語が上手だったんだけど・・・。ウイーンに来てから、すっかり日本語環境がなくなってしまったんだよね。今ではほとんど日本語を話さなくなっちゃったよ。子どもは学ぶのも早いけど、忘れるのもびっくりするほど早いもんなんだね。
自分もドイツ語を勉強しているけど、子どもたちのドイツ語についていけるわけがないし。こちらが日本語で話そうとすると、怖がって逃げられるしね。子どもとの間にシャッターがおりちゃった気がしたよ。」
彼が家族の中で一人ぽつんと取り残されている姿が目に浮かび、私はとても同情した。おそかれ早かれ誰もが反抗期という難しい親子関係を経験すると思う。しかし、それに言葉の問題も加わるとなると状況はさらに複雑だ。彼によると、いまは父として働く姿を見せ、スキンシップをとりながら父の愛情を伝える努力をしているという。子育てとはすぐに報われない努力を経験することなのかもしれない。