3.11からの分断線

24 Oct

先日、作家の高橋源一郎さんがTwitterで「分断線」というタイトルの興味深いTweetsをしていたhttp://togetter.com/li/201420。「分断線」というのは、あちらとこちらを分ける(見えない)線のことである。2011.3.11以降、わかれてしまった精神的、思想的、物理的な境界線について、高橋さんは言及する。

「あの日」から、ぼくたちの間には、いくつもの「分断線」が引かれている。そして、その「分断線」によって、ぼくたちは分けられている。それから、その線の向こう側にいる人たちへの敵意に苛まれるようになった。それらの「分断線」は、もともとあったものなのかもしれないのだけれど。

地震の数ヶ月後、一人の学生から言われたことがある。

「3.11までは、日本にずいぶんなれてきていた自分がいた。日本人の考え方も理解できるようになったし、家族と日本に住める自信があった。でも、地震があって改めて自分は外国人だなと感じた」と。彼も日本人と自分をわける「分断線」を感じたのだろう。

私も、あの日以降、いろんな「分断線」の存在を感じざるを得ない。東日本と西日本、原発派と脱原発派、津波と原発、無関心と関心。日本人の中にも、たくさんの「分断線」が生まれた。しかし、これはどちらが正しいという性質のものではない、たぶん平行線をたどる議論だ。それならば、相手を説得しようとするのではなく、それぞれの信条にしたがって、いまは自分がやれることをやっていくしかないのではないか。

「いまは、そんなことをやっているべきではない。こっちの方が大事だろ」ではなく「きみは、それをやるのか。ぼくは、こっちをやるから別々に頑張ろう」といえるようになりたい。それが、難しいことであったとしても。

私も高橋さんの意見に賛成である。

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