一番むずかしい日本語とは?

29 Jan

>


日本語教師でも上手く教えられない日本語がある。教えられないどころか、自分自身もなんといったらよいかわからないことさえある。それが誰かが亡くなったとき、家族や親しい友人にかける「お悔やみ」の言葉だ。
先日同僚のお母さんが亡くなった。数ヶ月前、がんが見つかり手術もできないまま亡くなってしまったのだ。同僚は母一人、子一人のとても仲のいい親子だった。たった一人の家族を亡くしてしまった同僚の気持ちを思うと本当につらい。
そんな同僚になんと声をかけたらいいのだろう。日本語にも「お悔やみ申し上げます」「ご愁傷様(しゅうしょうさま)でございます」などという決まり文句があるが、親しい間で使うには少し固すぎるような気がする。
自分が父を亡くしたときのことを思い出すと、お葬式に来てくれた人には「このたびは・・・」とだけ言って、あとは深くおじぎをするだけの人が多かった。そのなかで「大変だったね」とか「若いのに残念」「さみしくなるね」というような、普通の言葉が心に残った。
人の死という、とてもデリケートな場面で、適切な言葉を探すのはとても難しい。決まり文句に頼ることなく、できるだけ自分の言葉で思いを伝えることができれば、それが一番相手の心に届くのかもしれない。
亡くなる
お悔やみ

同僚
手術
決まり文句
お葬式
普通
心に残る
適切な
頼る
届く

———————————————————-

にほんごきょうしでもうまくおしえられないにほんごがある。おしえられないどころか、じぶんじしんもなんといったらいいかよくわからないことさえある。それがだれかがなくなったとき、かぞくやしたしいゆうじんにかける「おくやみ」のことばだ。

せんじつどうりょうのおかあさんがなくなった。すうかげつまえ、がんがみつかりしゅじゅつもできないままなくなってしまったのだ。どうりょうはははひとり、こひとりのとてもなかのよいおやこだった。たったひとりのかぞくをなくしてしまったどうりょうのきもちをおもうとほんとうにつらい。

そんなどうりょうになんとこえをかけたらいいのだろう。にほんごにも「おくやみもうしあげます」とか「ごしゅうしょうさまです」などというきまりもんくがあるが、したしいあいだでつかうにはすこしかたすぎるようなきがする。

じぶんがちちをなくしたときのことをおもいだすと、おそうしきにきてくれたひとには「このたびは・・・」とだけいって、あとはふかくおじぎをするだけのひとがおおかった。そのなかで、「たいへんだったね」「わかいのにざんねん」「さみしくなるね」というような、ふつうのことばがこころにのこった。

ひとのしという、とてもデリケートなばめんで、てきせつなことばをさがすのはとてもむずかしい。きまりもんくにたよることなく、できるだけじぶんのことばでおもいをつたえることができれば、それがいちばんあいてのこころにとどくのかもしれない。

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google photo

You are commenting using your Google account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this: